吸引分娩から鉗子分娩の難産!経験から伝えたい出産の難しさ

結婚して半年ほどたったころ、初めての子供を妊娠しました。
はじめてエコーでお腹の中の赤ちゃんを見た時には驚きとともに母になる喜びがわいてきて、何度も夫とともにその写真を見ていたのです。
出産は里帰りすることに決めていたので、車で30分ほどのところにある実家の近くの産院を選びました。
月に一度の検診には、自分で車を運転してき帰りには実家によって検診の結果を報告する日々でした。

順調な妊娠生活だったが…

順調そのものだった妊娠生活ですが、出産まであと一か月に迫ったある日、一日を通して一度も胎動がないことに気が付いたのです。

「もしかして」と思ったのですが、この時はまさか、お腹の中で赤ちゃんが亡くなっているとは思いもしませんでした。
特に、お腹が張るとか出血するとかの変調もなかったからです。
翌日は検診日だったのですが、いつもならすぐに見つかる心音が見つからず、先生は焦っていました。

「今日は胎動を感じた?」と聞かれたのですが、「実は昨日から胎動を感じていません」と話したところ、「残念だけど心臓が止まっています」と言われ、顔面蒼白になりました。

死産、そして「うつ病」の発症

そのころの記憶はショックであいまいなのですが、次の日に普通の出産と同じように自然分娩で泣かない赤ちゃんを生み出しました。
その後は、死産した理由もわからなかったため、精神的なダメージが強くて「うつ病」を発症し、心療内科で精神安定剤を飲む日々が続きました。

二回目の妊娠へ

先の見えない未来に落ち込むばかりだったのですが、半年後に運よく自然妊娠することができたのです。
妊娠したことにより精神安定剤の服用はやめることにして、以前よりも慎重に妊娠生活を過ごしていたのですが、妊娠7か月の時に切迫早産になって実家近くの総合病院に緊急入院することになりました。

 

まだ、7か月だというのに子宮頚長は1センチにも満たないもので、今すぐにでも生まれそうな状況であり、「このままでは超未熟児として生まれてしまうので命も保証できない」ということでした。
24時間お腹の張り止めの点滴をしてベッド上で食事やトイレの排泄まで行うというつらい入院生活が始まりました。
お腹が張るたびに「生まれてきたらどうしよう」と不安な気持ちを抱えながら、三か月もの間を耐え抜いたのです。

 

奇跡的に妊娠10か月を迎えることができて家に帰ることができたのですが、いざ、陣痛がついた時には点滴の影響もあってか、微弱陣痛で結局は自力では破水もできないまま人工的に破膜してもらったのですが、それでも、陣痛が進まずに吸引分娩から鉗子分娩の難産で生まれることとなりました。

妊娠や出産は決して幸せな事ばかりではない

幸いな事に健康そのもので、その時に生まれた息子も中学生になるのですが、次に生まれた小学生の娘の時には妊娠5か月で早くも切迫早産となり、これまた半年近くも入院することとなりました。
二回の入院生活の中では、様々な妊娠や出産に関することを目にすることがあり、NICのある大きな総合病院にいたこともあり「妊娠や出産は決して幸せな事ばかりではない」ということを実感しました。

 

無事にこの世に生を受けることの難しさを私は人より多く感じたのかもしれません。
子育てに躓いたときには、この時のことを思い出して「生きていさえすればよい」と思い子供と接することにしています。

著者:あまちゃん

性別:女性

年齢:44歳

毎日を丁寧に暮らすことを目標としており、料理の腕を上げるべくアプリを使って新メニューを開発しています。

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