床屋の息子が当時の思いや葛藤を綴る!

私の家は町の小さな床屋でした。

今回は床屋の息子ならでは思いや葛藤を書いていきたいと思います。

父は家に居て、毎日お客さんが来る

私の父親は床屋さんでした。

家が自宅兼床屋だったので基本父親は家にいます。

そのため、スーツを着て朝出かけるといったことがありません。

その事は自体は嬉しい事でした。

 

ただ家がお店なので当然毎日家に人がたくさん来ます。

ここが普通の家庭とは違うところだと思います。

実家が床屋というイジリは日常茶飯事

小学校の時はあだ名として「床屋」と呼ばれる事も一度や二度ではありませんでした。

 

そしてもちろん同級生も家に髪を切りに来ます。

すると父親の顔を覚えられますが、私は友達の父親にはそんなに会う機会がありません。一方的に私の父親だけ覚えられ、それがなんかちょっと恥ずかしい時もありました。

 

同級生のイジリは他にもたくさんありました。

カットの料金を安くしてくれ、と言われることもありましたが、息子の私にそんな権限はあるわけなく断るやり取りはいつもやらされました。。

 

図工で使うハサミで教室で私に髪を切ってほしいとお願いされることもありましたね。(笑)

息子ってだけで私までカットが上手だと思われてしまい、ちょっと前髪を切ってあげたりして良く先生に怒られました。

 

お店の名前の由来なんかは何百回も聞かれました。

自己紹介などで私の家が床屋ということ、またその名前をいうと毎回このやり取りがあります。

床屋特有の悩みも…

私が自分の家が床屋で一番辛かったことは、定休日が月曜日だったので、父親参観に父親かが来てもらったことが一度もありません。

運動会などの日曜日にある学校行事に父親はいつも来られませんでした。

 

私は父親は仕事だからしょうがないとわかっていたのですが、少し寂しかったです。

私が休日の日曜日に父親に遊んでもらうこともほとんどありませんでしたし、どこかに一緒に出かけることもありませんでした。

 

父と思いっきり遊べる同級生がとても羨ましく感じたこともたくさんありました。

実家が床屋で良かったことも

毎日お客さんが家に来てくれるので、毎日がなんだか賑やかで楽しかったです。

学区内の生徒はほとんど私の家はの床屋で髪を切っていたので、床屋の息子と言えば年上の人も年下の人も男の子限定だけどみんなすぐに仲良くなれました。

 

登校中や下校中に知らないおじさんに声をかけてもらうこともたくさんあって、嬉しかった気持ちを良く覚えています。

だから当時は父親が人気者なんだと思ってました。(笑)

大人になった今だから分かること

よくある会社勤めの父親とは違いましたけど、毎日父親が家にいることは嬉しかったし、働いている父親を毎日見られることはとても特別だったと感じます。

父親に遊んでもらったことはあまりありませんでしたが、きっと父親も寂しかったんだろうな、本当は父親参観も運動会も来たかったんだろうなと大人になった今は理解できます。

 

それでも家族のために頑張ってくれた父親は本当にカッコいいです。

著者:domon

性別:男性

年齢:38歳

38歳男です。私自身は理容師にはならなかったのですが、理容師の父親を本当に尊敬しています。父親の働く姿を毎日見ていたので私もカッコいい姿をちゃんと見せられる父親になれるよう日々精進しています。

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