父子家庭の娘として育って良かったと思うこと

私は父子家庭で育ちました。
父と、3つ上の姉と私と祖母の4人暮らしでした。
父と母は私が2歳ほどの頃に離婚し、親権は父が取りました。経済的理由からです。

 

今回は私の体験と共に、父子家庭として育ってよかったことをご紹介したいと思います。

家事の全般は祖母が担当

父は仕事が忙しく、姉と私の身の回りの世話は主に祖母がしてくれました。
しかし祖母は歳もあり、心はとても優しく愛情深かったですが気の回らないことも多く、歯磨きや服の着替えなど行き届かない所も多かったようで、私と姉はしょっちゅう虫歯になったり髪がボサボサのままだったりしました。

ただ、祖母の作る料理はとてもおいしく、パートをしながら私と姉を一生懸命に育ててくれたと思っています。

 

父親は、平日は仕事があり帰りも遅く、もともと無口で、私はちいさな頃はあまり父に懐かない方だったと思います。
しかし、休日には動物園や水族館、近くにサーカスが来たら見に連れて行ってくれたりなど、父なりに子供と向き合おうと努力してくれていたと今は思います。

私は食が細く、外食へ行ってもお子様ランチすら完食出来ずにいましたが、それでも怒らずに好きなものを好きなように食べさせてくれました。

学生時代

小学生になり、だんだん成長する中で、少しずつ家の手伝いをするようになりました。祖母は午後はパートに出ていて私の学校帰りよりも遅く帰ってくることが多く、私は姉と協力して簡単な夕飯のおかずを作ったりしていました。
簡単な目玉焼きや焼きそばなどですが、祖母は喜んでくれました。

 

中学生になると、料理の腕もそれなりに上がり、祖母がいる時でも自分から進んで夕飯作りを担当することもありました。
同級生は卵の割り方も分からない子もいたり、それはそれで家事をしてくれる親がいるのだなと羨ましく思いましたが、家事のスキルが上がるのは嬉しかったし誇らしかったです。

 

進路相談の時期になると、父は私に進路の選択を全面的に任せてくれました。
余計な口出しはせず、困ったことがあれば聞いてねというスタンスでした。祖母は進路には疎いのか、にこにこと見守ってくれました。

姉も私も、信頼されている感覚が嬉しく、コントロールされる怖さもなく安心しましたし、むしろきちんと自分で色々と考えて進路選択したと思います。

 

友人の話を聞くと、お母さんに色々と心配される話を聞いたり、それは愛情によるものだけれどそれはそれで大変だろうなと思っていました。

父子家庭特有の悩み

父子家庭の娘さん特有の悩みかと思いますが、姉に初めての生理がきた時、相談したのは祖母ではなく父だったようです。
自宅で生理がきた時に祖母が家におらず、困ったので父に相談。するとすぐに生理用品を買ってきてくれたようです。

 

私は生理が始まった時は姉に相談出来ましたが、姉は父に言いづらかったと思います。
父も、いくら娘の為とはいえレジに生理用品を通すのも抵抗が少なからずあったと思います。
世の中には偏見もあるし、しかしどうかこのような事情があることも考慮していただければ、と思います。

父子家庭で育ってよかったこと

私は父子家庭で育ったことにより、家事の腕を早い段階で身につけたり、自分のことは自分でやるのが前提という考えになったりしたことは今は良かったことだなと思っています。
もちろん心配してくれる母がいる友人は羨ましかったですが、それでも私と姉を懸命に育ててくれた父親と祖母を思うと感謝しか湧いてこないのです。

 

両親が揃っていることは当たり前ではない。家事は親がやることという考えは当たり前ではない。
当たり前、という発想を捨てることで感謝が湧いてきます。
もちろん反抗期には父を毛嫌いすることも祖母に反発することもありましたが、心の中にはいつも父と祖母への感謝がありました。

 

父子家庭や片親の家庭=可哀想なこと、悲しいこと、ではない。
得るものや、学ぶ事、そこから経験出来ることがあります。
私は父子家庭の娘に生まれて育って後悔も恥もなく、家族皆で協力し合った家庭のしるしとして誇らしくもあります。

著者:雪乃

性別:女性

年齢:27歳

幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られて育つ。

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