天国から地獄!人生は山あり谷ありという言葉を実感した話

長い人生を歩んでいる方からは良くこんな言葉を耳にすることはありませんか?

「人生は山あり谷あり」という言葉です。

 

私は、この言葉を幼少期に聞いた時は何を意味しているのか正直わかりませんでした。

「なぜ苦しい思いをする時があるのだろう?そんなの嫌だから避ければいいじゃん」というものです。

今にしてみれば何て子供だったのだろうと当時の私を笑ってしまいたくなります。

 

そんな私ですが、まさに天国から疑獄、人生これほどまでに山あり谷ありなのか、という人生を送ることになりました。

今回は私の半生をお話ししたいと思います。

裕福な家庭から底辺へ

当時の10代前半ごろの私の家は周囲の家庭から見ても裕福な部類だったと思います。

衣食住に困ったことはありませんし、旅行にだって行けました。

学校だって私立に通い、奨学金を払う必要もありませんでした。

今の学生の大半は奨学金を借りて学校に通っています。

統計によると2.6人に1人の割合で奨学金を借りているということなので、本当に素敵な両親を持って良かったと思います。

ただ、そんな平凡な幸せが一周にして奪われる出来事がありました。

自己破産です。

 

私の実家は代々自営業を行っていて、バブル全盛期時には本当にお金があったと聞いています。

ところがバブルが弾けると一気に売り上げは減り、残ったのは借金の返済地獄だったという事実を後になって聞かされたのです。

家は銀行に差し押さえられ、電気水道ガス等のライフラインも止められてしまいました。

正に底辺に落ちてしまったのです。

さらなる不幸が襲う

当時の私は大学3年生だったので、学校を辞めて働きに出ることも覚悟しました。

一部の地元の方々からは名士の一族とまで呼ばれていたのに、一夜にして全てを失くしてしまった家族の心境はどうだったのか…読者の方々のご想像に任せます。

 

父はその後、普通のサラリーマンとして働きました。家族を養うために0からのスタートでした。

働き始めて数ヶ月が経ったのち、父が会社から福島に行くようにとの辞令が下りました。

家族の為と父は勇んで福島に行きました。

そこであの地震に見舞われたのです。

 

東日本大震災。1万人以上の命を奪った天災です。

父とは約1週間に渡って連絡が取れませんでした。正直駄目と思いました。

家を失い、誇りを失い、家族を失い…まさに山あり谷ありという言葉が相応しい状況ではないでしょうか?

神様は私たちを見捨てなかった

ただ、神様は私と私の家族を見捨ててはいませんでした。

父は生きていたのです。本当にうれしかったです。

 

そして幸運は続きます。

父は震災によって仕事を失いかけましたが、震災によって得た経験が仕事に良い影響を与えて一躍高給取りに復活し、家族も生活を再建することが出来たのです。

今では当時大学生だった私も兄弟たちも立派に社会人として働いています。

 

人生山あり谷ありですが、諦めずに歩みを進めていけば再び成功する瞬間が来るのだという事を身をもって学ばせてもらいました。

著者:MJ

性別:男性

年齢:29歳

普通の所帯を持ったサラリーマン

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