「勉強しなさい」と一度も言わなかった私の子育て

法事で一族が勢揃いしたある日、一段落した夕食後、母がポツリと私に呟きました。
「あんたの子供ら、しっかり育ったな。あんたとエライ違い。」

 

もう40歳を超えたおっさんに育ったもないもんだと、私は思いながら、
「そうや、自慢の息子らや。俺が育てたんや。」と言い返しておきました。

 

自画自賛になってしまいますが、本気で私はそう思っています。掛け値なし自慢の息子達です。

自分で考え、自分で決めて、自分で行動する息子

何が自慢かと言うと、彼らは学生時代から何もかも自分で考えて、自分で決めて、自分で動いてその人生を歩んでくれた事です。
一切私から指示らしきものはした覚えがありません。もちろん助言はしました。

 

例えば、高校受験の時期に、私は彼らにとんでもない一言を告げました。
「高校へ行くばっかりが人生とちゃうで。勉強が嫌やったら、大工や植木屋で働いて職人になるのも人生やで。そしたら直ぐに給料も貰えんで。」

 

そう私は、彼らが小学校の頃から唯の一度も勉強しろと言った事がありません。それは、勉強というものが、誰の為でもない唯一自分の為のものだからです。
勉強しないで困るのは自分であって、私や妻ではないからです。その大原則を私は子供達に植え付けました。
だから、テストの点数が良かったら何かを買ってあげるなどの方法は絶対にとりませんでした。本末転倒も甚だしいからです。

母親との約束を破ったときは叱る

さすがに妻は私ほどには放っておけなくて、小学生の間は宿題だけは帰宅後すぐに済ます事を約束させていましたが、長男がその約束を破って遊びに出る事が続いた時に、私は大いに叱りました。

いいえ宿題をしなかった事にではなく、母親との約束を守らなかった事に対してです。
人との約束を踏みにじる様な人間を、俺はこの家に置いておくわけにいかん。今すぐこの家から出て行って、自分で好きなように生活しろと怒鳴りました。

 

一事が万事、私の子育てはこの調子でした。
息子達は私のこの子育てによく反応してくれて、自己責任の真の意味を正確に捉え、立派な社会人、会社人として、親が何ら心配する必要のない人生を歩んでくれています。

勉強の重要さを教えるのが親の役目

親の果たすべきは子供に学校の勉強をさせる事ではありません。学校の勉強がどう自己に必要かを考える事を教える事です。その上でどうするかの選択は子供の自由。
そしてその結果は良きにつけ悪しきにつけ子供自身が負わなければならないのです。
それは子供達が長い人生を生きていく上で、絶対に必要な、且つ最も大切な自己責任の法則なのです。

 

何かをさせる事またはさせない事よりも、じっと見守る事の方が何倍も大変です。
本当の最終的な責任は、結局親が負う事になる事を覚悟しなければならいのですから。

著者:dqgdf006

性別:男性

年齢:63歳

何の取り柄もない人間ですが、妻と子供達だけは大いに自慢できる幸せ者です。

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