友達は少なくても大丈夫!度重なる転校を経験した私が思う事

友達,少ない

私には故郷と呼べる土地がありません。引っ越しが多い家族で、生まれた時からいろんな土地に行ってきました。転校も何度かしています。

 

私は自分の事情というよりも家庭の事情で友達を作っては別れるということを何度も繰り返してきました。そのため、今も付き合いがある友人は大学で知り合った人、SNSで知り合った人がほとんどです。同窓会も一度も足を運んだことはありません。

転校先のクラスメイトにいじめを受けたとかそういうことはなかったのですが(全くないということもなかったのですが)、転校を重ねるうちにだんだん疎遠になってしまったのです。

 

そんな私ですが、どんな土地に行ったとしても、たとえ時間がかかったとしても多かれ少なかれ友だち、あるいは友達と呼べる間柄かどうかはわからないのしても、話をする知り合いを作ることはできました。新天地に行ったら誰も話してくれる人がいなかったということはありません。誰か親切な人が声をかけてくれました。

友達って無理をしてでも作るもの!?

友達ってそんなに無理して作るものでもないというのが私の友達に対する考えです。

 

中学3年が最後の転校だったのですが(引っ越しはその後も2回したのですが)、一人ぼっちが嫌で友だちを作るのに必死でした。

それは寂しいというのもありますが、クラスの中で友達がいないというのがとても恥ずかしいと思ったのです。しかし既に出来上がっている人間関係の中に新しく入るのは大変で、無理して周りと話を合わせていたりしていました。
集団から浮かないようにするために周りと無理して話を合わせようとすると疲れます。だいたい私もその人たちのことが好きというより、自分がクラスから浮かないようにするために一緒にいること以外は特に用はないのです。

「自分の味方は自分」

よく承認要求という言葉を耳にします。例えばSNSでいつも誰かと繋がっていないと不安、自分のアップした画像に「いいね!」がどれだけつくだろうかという感情です。あるいは友達と楽しく過ごしている様子を撮影してSNSにアップしたいがために、全く縁もゆかりもない人に友達のふりをしてもらうということも聞きます。

 

私もそういう感情を克服したわけではありませんが、たくさんの人から認められることがなかったとしても、自分のとりわけ親しくしている人からいつも認められることがなかったとしても、自分は自分でいいのだと思います。最近読んだ本で「自分の味方は自分」という言葉を見つけたのですが、非常に心強いと思いました。

友達が少ないことは恥ずかしいことではない!

これまで私は何度も家庭の都合で転校が多く、友達も自分の都合というよりも家の都合で作っては別れることを繰り返してきました。

ですが自分の味方は自分という視点で考えてみると、いくら友達といえど自分と他人は違います。意見が違ったとしても一緒に居たい人が友達だと思うのです。

 

そう考えると友達作りに時間がかかったとしても気にする必要はないと思いますし、一時期とても仲がよかった人との付き合いが途中で終わったとしても気にする必要はないと思います。

友達が少ないというのは全く恥ずかしいことではないと思います。長い時間をかけて付き合うことができる人が一人でもいるということが何より素晴らしいことだと思います。

著者:momo-A

性別:女性

年齢:31歳

初めまして。学童保育のアルバイトをする傍ら、ライターの仕事をしている主婦です。自分の経験をもとに色々書いていけたらと思います。

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