デメリットだらけ!?帰国子女が苦労した本音とは

「帰国子女」というとみなさんはどのような印象を持たれるでしょうか?

英語が話せてカッコいい!など、日本では結構ポジティブな印象を持たれているのかと思います。

 

ですが、実際の帰国子女の方は苦労の方が多かったりするのではないかと思います。

かく言う私も帰国子女。私の家庭は父と母、姉の私と妹の4人家族なのですが、私たち家族は父の仕事の関係で数年ほど海外で暮らしました。住んでいた国は、アフリカのスーダンという国です。

 

この記事では帰国子女の現実をご紹介したいと思います。

海外での学校

当時は、スーダンにはまだ内戦もなく国も北と南に分かれていませんでした。貧しい国だったので日本人も少なく、日本語学校も私たち家族が到着して最初の半年間はありましたが、人数が少なくなっていき廃校となってしまいました。

私と妹は、日本語学校が廃校となった後はアメリカンスクールに通うことになりました。当時の私が9歳、妹が6歳でした。妹は、まだ6歳だったので私よりネイティブに近い英語の発音を習得していました。

 

しかし、イラン、イラクなど中東の情勢が悪化したので帰国することに。帰国した当時、私は12歳、妹は9歳でした。

英語は出来るけど…

私は小学校最後の年を日本の小学校で過ごすことになりました。小学生は、少しでもみんなと違う人はいじめの対象にしやすいです。英語が話せてアフリカにいたというだけで、かなり珍しかったと思います。

 

勉強も、特に社会の授業はほとんど意味が分かりませんでした。数学と理科はアメリカンスクールでも同じような内容を学びましたが、社会で日本のどこでネギがとれるだの、首相は誰ですか?といった日本国内限定の内容はまったく分からずテストの点数が極めて悪い科目となりました。

1年間後に小学校を卒業し、中学生になりました。中学生になると英語の授業が始まりますが、英語はあまりにも簡単すぎてしまいました。逆に日本人の先生たちの教える英語の発音が聞き取れず、聴解が苦手分野となってしまいました。

 

日本史では、相変わらず1192つくろう鎌倉幕府などの語呂合わせすら初耳で大変な思いをしました。中学生になると、自分より出来る人間を尊敬するようになったり、認めるようになったりする年齢になります。自分も小学生の時と違って人と異なることがなんとも思わなくなってきました。

その頃の学生時代は、英語の授業に無理やり先生が発音している英語を、「あーきっと、この単語を発音しているんだろうな」と推測しながら授業を受けることもゲーム感覚で楽しくなってきた時代でした。

私以上に苦労した妹

対して英語の発音が抜群だった妹は、その時にいまだに小学生でした。学んだ英語を披露できるチャンスもなく、理科、数学、社会、国語とほぼすべての教科でアメリカンスクールの内容は日本の小学校のかなり遅れをとっていたので、妹はすべての教科についていけていませんでした。

 

九九も習っていないまま小学校高学年になってしまったので、勉強で苦労すると同時に、学校の友達にも帰国生徒という理由でいじめをうける大変な時期でした。

せっかくの英語も中学生になる頃には忘れてしまい、妹にとっては帰国生徒として過ごしたメリットはほとんど残らなくなってしまいました。

帰国子女の現実

帰国子女であればバイリンガルという最大のメリットは確かに大きいのだと思います。しかし、実際にはバランスよく2ヵ国の言語を子供の時から話せることは稀です。必ずどちらかにウェイトは寄ってしまうものです。

そうなると上手に話せない言語の国では普通の方以上に苦労する羽目になります。

 

私たち姉妹はまさにそのタイプで、英語が話せるという事以外はデメリットが多かったような気がしますね。

著者:奈々子

性別:女性

年齢:37歳

言語が好きになり、今は新しくインドネシア語を学んでいます。

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