大黒柱の父を失い気が付いた「自立」を教える育児の重要さ

私には3人の子供がいます。
中学1年生の長女、小学4年生の次女、小学1年生の長男です。

厳格な父

私の実家は建築業を営んでおり、経済的にも裕福で欲しいものは何でも買ってもらえました。
ピアノにバレエ、英会話に硬筆習字、体操、スイミング、塾など多くの習い事をしていました。

 

そんな父の教えはただひとつ。

「家を離れることは絶対に許さない。」

結婚するまでは家にいなさいと、口癖のように言っていました。
恵まれた環境に育った私ですが、その事に大人になるまで気づきませんでした。

父の言う事は絶対

県外の大学に進学したいと父に相談したのですが駄目だと言われ、欲しい車を買ってあげるから県内の大学に進学しなさいと言われました。

必死で勉強していた私ですが父の反対により、県外の大学に進学することができなくなりました。

 

この頃から、頑張る必要はないんだ、楽しく遊んで暮らそうと思うようになりました。
欲しかった400万円以上する車を新車で買ってもらい、その車に乗って大学に通っていました。
大学での生活はとても楽しく、勉強は二の次で飲み会やデート、遊んでばかりの毎日を過ごしていたのです。

父を失い、なにも出来なくなった家族

それは私が大学3年の時でした。
急に父が心臓発作で倒れ、帰らぬ人となりました。
父が亡くなったため会社を閉めることになり、そこから私の生活が一変しました。

 

父が会社、家の中のすべてのことを取り仕切っていました。
私たち家族は父を頼りすぎており、父を失ってから何をどうしたよいのか分かりませんでした。父の残してくれた遺産や生命保険も何年かで使い果たし、今までのような生活は送れなくなりました。
今まで当たり前にできていたことができなくなり、初めて自分が恵まれた環境で育ったのだと気づいたのです。

自分の育ちを反面教師に育児を

今では私も3児の母です。
私が今強く思っていることがあります。

 

それは、自分の力で独り立ちができるように子供たちを育てたいという事。

どんな恵まれた環境で育っていても、ずっとその環境が続くとは限りません。
やはり自分で努力をして自分の力で仕事をして、しっかりと暮らしていって欲しいと思っています。

 

私自身の反省点を踏まえて、子供たちには頑張る意味を教えています。
勉強する意味、運動や友達とのかかわり方、すべてに意味があること。
困ったことがあったらきちんと話し合いをして解決していくこと。
必要性を分かって勉強をするのと、ただ勉強しなさいと言われ勉強するのでは全く違います。

 

3人とも進学校に通っていますが、トップクラスの成績を取ってくれて、勉強することは将来のためであり、自立するための第一歩だと考えているので、勉強も苦にならないようです。

 

私のように何となく毎日を暮らすのではなく、将来のために頑張って欲しいと思っています。

著者:玲奈

性別:女性

年齢:40歳

3人の子供を持つ子育て真っ最中の主婦です。

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