嫁姑問題で離婚、相続問題まで発展した両親を反面教師にして

嫁姑問題,反面教師

嫁姑の問題は古今東西に渡り永遠のテーマです。

私の両親は嫁姑問題が発端で離婚しました。しかも、父は問題から逃げるように、他の女性の元に走り隠し子まで作って、相続でも揉めました。

不安を抱えたままの結婚

まず両親の場合、父は若くして父親を病気で亡くし、母親の手によって育てられた家庭でした。姑は人生の半分を未亡人として過ごし、太平洋戦争という厳しい時代を生き抜いていました。それだけに息子と娘に対する思入れは尋常ではなったようです。

まして長男となれば、余計、頼りにしていたのも想像できます。自分のような苦労はさせたくないと、長男である父は男は出世が命だから仕事優先、妻たるものは夫に仕え、支えるのが使命だと舅から教え込まれていました。

一方、母は商社マンの家庭に長女として育ち、幼少時代にアメリカでの生活も経験するなどアメリカのの民主主義の考えの影響を受けていました。

そのような2人は学生時代に恋愛し終戦まもなく結婚を考えるようになりましたが、姑は結婚早々に自分との同居を希望していたそうです。一方、母は舅が健康な内は同居は考えたくないと言っていたようです。

又、私の母方の祖母は未亡人の家庭で育った父との結婚には反対だったようです。息子の独占欲の強い姑に対して懸念を持っていたようです。結局、問題を抱えたまま2人は結婚式を挙げましたが、母方の祖母は欠席することになりました。

嫁姑問題で破綻した我が家

案の定、新婚、10年位は両方の親とは別の場所に住んでいましたが、私が生まれ、妹も生まれる頃には、両方の実家の親も70歳を超えて、老後の生活が心配になる頃でした。まして、姑は独居生活で不安でしたので、2世帯住宅の建設を希望しました。

父は母親の意見を無視して2世帯住宅の建設を決めてしまい、しぶしぶ母は同居を始めたのですが、上手くいきませんでした。お昼時になると姑が箸と茶碗を持って突然、リビングに入ってくるなどプライバシーが侵されたと感じた母は、イライラして父との喧嘩も増えました。

当時、中学生だった私も、母のイライラの掃け口として怒られることも多くなり、しかも反抗期を迎えていた私は、姑にまで、「おばあちゃんのせいで、お母さんの機嫌が悪いよ」と禁句を吐いてしまったのを今でも覚えており、後悔しています。口は災いの元と言われる通り、私に愚痴を言われた姑は母親が吹き込んだと思い、母親に文句を言い、人間関係は滅茶苦茶になりました。
そんな中で、お決まりのように、父は嫁姑の間に挟まれ段々と家に寄り付かなくなり、母は私たちを家に置いて実家に帰ってしまいます。子供ながらに無責任な母を恨み妹と私は結局、母方に引き取られました。

両親の離婚。子供も巻き込む相続問題へ

それから両親の別居状態が10年以上続き、姑が80歳で亡くなると父が離婚を申し出ました。離婚問題は家裁の調停にまで発展し、家裁で父は母の姑に対する不誠実な扱いを主な離婚原因にあげ、母は姑の不条理な要求や態度が原因だったと主張し3年の期間を経て協議離婚が成立しました。

ところが、協議離婚が成立してから父が隠し子がいると暴露し、私と妹は激しく父を非難しました。ショックを受けた母は鬱状態になりました。母は一人暮らしが困難になり施設に入居しました。一方、父は再婚し隠し子の娘と幸せに暮らしましたが、85歳で亡くなりました。

大きな問題は相続で起きました。父の遺言書の形式に不備があり家裁で無効と判定され後妻との遺産分割協議で揉めました。しかし相続税の納付期限までに協議書が出来なければ遺産の多くを占める不動産の小規模宅地等の評価減の特例が受けられず、一時的とは言え、莫大な相続税を相続人が連帯して納付しなくてはならないので、税理士の仲介で期限ぎりぎりで父の遺言内容に沿って分割協議が成立しました。

この親のドタバタ騒ぎには私の妻をも巻き込み申し訳ない気持ちになり、妻に対しても大きな心の負債を負うことになりました。家内の実家の両親に対しても負い目を感じています。

せめて、自分の子供たちには同じような思いをして欲しくないので、自分の経験をことある度に話しています。妻とは喧嘩もしますが、相手の人格を傷つける言葉だけは言わないように肝に命じているつもりです。

自分が姑、舅の立場になり

いつしか私たち夫婦も自分の親が嫁舅問題に翻弄されたような年代になりました。そして、老後を考えた時、漸く自分の祖母が母に抱いた気持ちも理解できるようになりました。後悔先に立たずで、今でも姑に対する自分の暴言を悔いています。
翻って、現在、固定資産税が上昇し、相続税の非課税枠が少なくなり巷では相続問題が多く発生しているようです。しかも、国策により、親のどちらかが所有している不動産は、親が死亡する少なくとも3年前までには同居しなければ小規模宅地等の評価減の特例が相続税上、受けられないので、将来の同居を見据えて家の建て直しを迫られています。国策上は親の介護を子供にさせ介護保険の予算を削減させようとする意図が見え見えです。

結局、主婦がヘルパーの代役をすることになります。しかし、莫大な相続税を考えると世の流れは親子双方に同居をせざるを得ない方向に向かっていますので、しかたなくお互いのプライバシーに配慮して棟続きの独立した世帯での2世帯同居を考えています。

以前は2世帯住居は玄関が共通でなくてはいけなかったのが、条件が緩和されたので、まだましです。しかし、お互いのプライバシー保護の問題は残ります。

姑、舅と嫁含めて果たしてうまくやっていけるのか、お互いに人生の正念場です。親の失敗を学びながらせめて夫婦は仲良く、知恵を出しながら生きていこうと誓い合っています。

著者:ピコー

性別:男性

年齢:65歳

サラーリーマンを卒業し男2人兄弟の父として自分の両親が悩んだ嫁舅、親子問題にこれから直面します。

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