母になった今だから分かる父子家庭で育ててくれた父の愛情

父子家庭,感謝

私は7歳のときに母親を病気で亡くしました。当時は幼かったこともあり、母親の記憶もほとんど無いに近いです。
母が生きていたときの父親は亭主関白で昭和の頑固オヤジと言いますか、大好きでしたが近付きにくく、母親を亡くしたとき第一に、これからどういう生活を送るんだろうと7歳ながらに不安に思ったのを覚えています。

しかし、母親が亡くなり父と姉と私の三人暮らしが始まると父は人が変わったように優しくなり、家事と仕事と育児を全て一人でこなしました。

もともと父は一人暮らしもしていたし、板前経験もあり、それに加えて綺麗好きで、家のことは完璧にできる人でした。
当時の私や姉はそんな、なんでもできてしまう父に甘えて家の中の大変さに気付けず手伝いもほとんどしていませんでした。一人でなんでもして大変だっただろうなと罪悪感を感じます。

私たち姉妹が成長していくにつれ、父は家のことをなんでもさせ口うるさくなりました。
反抗期にも差し掛かり、姉は父とほとんど口も聞かなくなりなぜか不思議なもので父親は長女にはきつく言えないみたいなところもあり、私は姉に向かない分より厳しく育てられた気がします。

料理の仕方はもちろん、洗い物は溜めずに料理をしながら洗うのが普通だとか、私は大雑把な性格なので掃除に対しても細かいところまで教育されました。
父親は神経質で綺麗好きのA型、私は大雑把で面倒くさがりなO型なので性格の一致は難しいものがありました。
高校に入りそんな父親と心が通わないと思うようになってしまい、卒業と同時に上京して数年間疎遠になりました。

しかし、私はお付き合いしていた方との間に子供を授かり、3年ぶりくらいに父のもとへ向かいました。
久しぶりに会った父は白髪が増え、少し細くなり、5年ほどお付き合いしていた方と入籍していました。そのおかげが、歳のせいか、性格も丸く穏やかになっていました。

子供のおかげで、また父との交流が始まり今までのわだかまりも嘘のように無くなりました。

そして、無事に子供を出産し、子育てをしていて思うことは、なんでもできた父のおかげで私は苦労をしなかったということです。
母親がいないので、お嫁に行く準備や基本的なことを教えてもらっていないので、いきなり子育てなんてできるかな、と不安がありました。
しかし、今思い出せば父が口うるさく子供の時から言ってくれていたことは体に染み付いていて、普段の生活を送るには全く支障が無いのです。

そして、母親がいないことにコンプレックのような感情を持って育ってきましたが、私自身が母親になると、コンプレックは消え自分の母親はこんな風に私を愛していてくれたのかな、と感じられるようになりました。

こうして、父子家庭で育って父のもとに生まれてきたからこそ今の私がいて、自分の子供を愛せていると思います。
愛が強いからこそぶつかってしまうこともあると思いますが、家族の絆は何があっても切れることがないなと身をもって感じています。

家族との問題で悩んでいる方に少しでもお役に立てたら嬉しいです。

著者:ミー

性別:女性

年齢:23歳

2歳の子供を育てる専業主婦です。趣味は海外ドラマ、洋画を観ることと美味しいものを食べることです。