一卵性双生児の双子に生まれた私の半生を語る

一卵性双生児

私には双子の弟がいて、一卵性双生児です。

双子だと伝えると、ほとんどの人が興味を持ってくれて、あれやこれやと質問してきます。

しかし、みんなが思っているほど、双子は良いものではありません。
今までの私の人生において、双子であるメリットよりもデメリットの方が多かったといえます。

 

今回は双子として生きてきた私の半生を振り返って見たいと思います。

「同じ」ということ

まず双子は何をするでも半分ずつ、同じ物を供給されます。
独占というものは存在しません。
隣にはいつも同じ顔をした人間が同じものを持って生きています。

 

例えば誕生日、ケーキはもちろん、2人で1つで、ろうそくも2人で一緒に消します。
プレゼントもケンカしないように2人同じものです。
写真も2人で仲良く1枚撮ります。
ただ我が家は例外としてケーキの名前を書いたプレートだけ特注で2枚ありました。
その昔、私と弟が取り合いのケンカをして、ケーキをひっくり返したのが原因でした。

「比較」が始まる

そして学校に入ると、今度は双子間で比較され続けます。
勉強やスポーツでの成績や、果ては恋愛まで、とにかく双子同士で比較されてしまいます。
みんな、差が付くことに驚き、たまにテストの点や50m走のタイム、好きな女の子が一緒になると、「双子の奇跡」と狂喜乱舞しました。
他にも同じ結果の人がいても関係ありません。

 

私の場合、弟よりは勉強もスポーツもできたおかげで、私の学校では「双子といえども、弟は兄に勝てない」というのが定説になっていました。

双子というだけで、みんなの興味の対象となっている上に、比較までされることに、私はうんざりしていました。
ちょうど自我の目覚める多感な頃だったということもあり、敢えて弟とは違うスタイルを求めて生きていましたが、それでも「双子の兄が違うことしてる」と言われる始末でした。

離れて初めて自由になった

私たちは話し合った訳ではありませんが、高校は別の学校に進学しました。

そこで私は双子扱いされない自由を初めて手に入れました。
誰とも比較されず、1人の人間として扱われたのです。
側に弟がいないので、初めは変な感じでしたが、それ以上に手にいれた自由を満喫していました。
その後は周りも大人になっていった事もあり、嫌な思いをせずに済みました。

 

現在は私たち兄弟はそれぞれ家庭を持っています。
そんな弟と私はある約束をしています。

それは将来、移植が必要担った場合は、協力するということです。
一卵性双生児は移植の際の拒絶反応が起きないので、臓器移植がスムーズにできるからです。
今まで双子のメリットが少なかったのだから、その辺で得をしようと考えています。

著者:わたぴん

性別:男性

年齢:40歳

40歳の会社員です。小学校に通う息子と妻が一人います。まずまず平和な人生です。

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