軽度のアスペルガーを持つ私が生きる中で見つけた苦労と喜び

軽度,アスペルガー

幼稚園をあがってから40度の熱を頻繁に出し、ストレスによる嘔吐と過食。
言葉の発達の遅さ、なのに5歳のときに初めて覚えて読んだ漢字は「記憶喪失」。

 

親が良かれと思うことはすべて拒否する脳を持った私が発達障害であると診断されたのは中学1年の冬でした。

私が障碍者手帳を取得するまで

完全な不登校を気に、自分と向き合い始めた中学1年生。
クラスメートとの距離感や人間関係で悩み、小学校で不登校を経験、小中学校合わせて義務教育に通った時期は半分にも満たず、毎日の登校時と帰路につくときには毎日のように道端で吐いてました。

 

そんなこんなで中学二年生の二学期が始まった直後、私は大の字にソファにうつ伏せになって大泣き、「学校が怖い」。そこでやっと、無期限で学校を休むと決め、両親も賛成したのです。
今考えれば、大人と話すのが大好きで、中学校に上がって敬語を意識したときに、人の何倍も気をつかわずに教員や担任の先生とよくおしゃべりすると、先生が学級通信に「敬語を誰よりもうまく使いこなす強者」と書いてくださったのを今でも覚えています。

 

学校を休み始めると、昔から大好きだった絵を書くことに毎日専念しては、私は絵を書くことが本当に好きだったんだなと実感していました。
その年の冬、親の友人のすすめで診療内科を受診。
軽度のアスペルガー症候群及び双極性障害持ちと診断され、障害者手帳を取得。
病気や脳の特徴に意識を向け始めました。

「良い子」を演じる生活へ

私はいい子じゃなくて、いい子を演じるのがうまいだけ。
敬語が得意なことや、大人の顔色をうかがうのが常だった私は「いい子だ」と言われるのが普通でした。
通信教育を4年で卒業し、高校卒業の資格を取得、その後は社会復帰に向けて様々な就職訓練セミナーやマナー講座に出席、福祉サービスで就労継続支援B型事業所への通所を開始しました。

 

一日の労働時間は少ないものの最低賃金が支給されるので、働いているという実感を得ることが出来た瞬間でした。
学校生活への恐怖もあり、対人関係での不安な面も多くありましたが、お金をもらうためと割り切って手段生活に馴染むよう努めました。
おそらくメンバーの中では一番気を配るのが上手で、どんな小さなことにも気づき、自分の価値観を押し付けないで毎日通所することが出来ていました。

二次障害と向き合う

ところが、その習慣が帰宅後にも影響を及ぼしました。
家族に対しても、まるで他人のように接してしまう自分に気が付かなかったのです。
両親は「あなたはずいぶん気遣いがうまくなったね」といってくれましたが、言葉の裏や微妙なニュアンスを読み取れないせいもあって、それが心配の言葉であることに全く気が付きませんでした。
むしろ、褒められたとすら思ってしまったのです。
周りに合わせるのは対して苦ではありませんでしたが、その分言葉の意味を汲み取るのが苦手なんだということに気がついたのはここ1、2年のことです。

 

しばらくそこに気づけないでいた私は、家族への気配りのし過ぎで自分の安らぎの場所がわからなくなってしまい、うつ病を発症。
アスペルガー症候群にありがちな「二次障害」とのことでした。
心療内科の先生とも話しましたが、「いい子にならないこと」がうつ治療と発達障害との付き合いの上での大事な条件と教わり、自分の気持を優先する訓練をはじめました。

「普通」に見えても、「普通」には出来ない

アスペルガーさんと健常者さんで手を取り合うことは、何よりも大事です。
今でもそうですが、私は初対面の人に対しても、仲良くしてくれる人には「私は発達障害を抱えている。だから、苦手な面のカバーをお願いすることもある」と積極的に話すことにしています。

 

ここで9割がたの人に言われるのが「発達障害者に全く見えない。むしろ普通に見える」です。

「いわゆる健常者」のようにコミュニケーションのパターンを掴んでいて、だけれど空気を読んだり、言葉のニュアンスを掴むのが必要な場面では力を発揮できません。
普通に見えても、みんなが言う当たり前のことができないこともたくさんあります。
状況が変わったときの臨機応変な対応、金銭管理の不得意、地図が読めない、数字の計算が苦手など。
人間社会の中にいる間は、必ずと言っていいほど人との関わりが必須になります。

自分の弱さを認めて他人へ伝えることの大切さ

私は発達障害と意識しながら社会の中で生きて学んだのは、苦手なことを言うことを怖がらないことの大切さです。
「こういうところでフォローが必要な人です」と意思表示することで、手を差し伸べてくれる人は絶対にいるのです。
そして私は、自身の成長を感じたときが一番幸せなときと感じました。
差し伸べられた手から学ぶことがわかると、自立できる自分にぐんと近づくのです。

 

発達障害というハードルがあるからこそ、それを飛び越えるまでの苦労がわかり、飛び越えた感動があることに気づけて、今後どんな困難や喜びが待ってるのだろうとウキウキしています。

著者:心は老婆

性別:女性

年齢:28歳

軽度の発達障害と診断され、日々自分と向き合い、成長する糧を得ることに専念しています。いま興味があることは、英会話、太極拳、気功、瞑想です。

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