自身が障がい者となって初めて理解できた気持ちを語る

障がい者,気持ち

私は、幼い頃から障がい者の方に対して偏見の目を向けた事がなく、むしろ、小さなことでも支援活動をして来た方だと思っています。
当然、我が子の教育に関しても、そのことを重点的に教え、そのかいあってか、長女は障がい者支援に関わる職に携わり、次男は養護学校に勤務しています。
そんな教育をしてきた私ですが、20数年前に後天性の難病を患い、私自身が障がい者となって、現在は杖を手放せない生活を送っています。

 

子供の頃から健康で体格的にも恵まれ、スポーツに明け暮れていた青春時代を送ってきましたが、まさか、自分が運動も出来ない体になるとは夢にも思いませんでした。難病と診断された時の絶望感は、計り知れないほど大きかったことを覚えています。

 

自分が「障がい者」となり、フッと思い出すことがあります。
私の長男がまだ2歳になろうかと言う頃、親類の伯母からの誘いで東京都府中市で行なわれる「大國魂神社・くらやみ祭」の見物に行きました。
伯母の友人・知人も集まり賑やかに見物していると、若いカップルも同席しています。正に、美男美女のお似合いカップルで年齢が近いと思い挨拶すると、お二人も笑顔で会釈を返して来ました。
初めのうちは、お二人が笑顔でお祭りを観賞しているのを、何も不思議に思うことなく見ていたら声が聞こえない事に違和感を感じ、何かが不自然と思い注意していると、手話で会話をしていることに気付いたのです。
伯母に聞いてみると、お二人は聴覚障害ということで、通常会話が出来ないということでした。

 

その時、私は「可愛そうに」と思ってしまったのです。
健常者であった私は、お二人の障がいに対して「可愛そう」と思ったこと事態「偏見」であると気付くことが出来なかったのです。
そんな私たちの視線をよそに、堂々と楽しそうに手話で会話をしていたお二人の姿は今でも忘れていません。
きっと、お二人は自分自身を「可愛そう」とは思っていなかったはずで、現在の私も当然「可愛そう」という目で見ていただきたくはありませんし、他の障がい者の皆さんも、きっと同じ思いではないでしょうか。
当時の私も、悪気があっての思いではないことは確かです。

 

その後、風の噂ではお二人は結ばれお子様も授かり、幸せな家庭を築かれたとお聞きしています。

 

最後に、健常者の皆さんへお願いがあります。
私自身が障がい者となり、健常者よりは大きなハンデが出来てしまい、行動が狭まったことは確かです。
車いすを使用していること、手話で会話をしていること、視覚障害で盲導犬をつれていること等、健常者の方からは珍しい光景でしょう。
しかし、「可愛そう」と思う事だけは止めて下さい。
私たち、障がい者がどうしても困った時には声をお掛けしますから、その時は少しだけ手を貸して頂けたらありがたいと思います。

著者:ハートフル

性別:男性

年齢:50代

関西在住の在宅ワーカーです。

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