箱入り娘で女子校出身の私が男子校の教員に!?私の人生談

箱入り娘

私はごく普通の一般家庭に生まれ育ちました。しかしながら、両親はとても心配性で大学生になるまでカラオケに行ったことすらない箱入り娘に育ちました。

小学校から高校まで一貫の女子校に通い、大学生にして初めて男女共学の世界に入りました。

そんな私は、両親が厳しく心配性であるからこそ、中学の頃から日本はなんて狭い世界なんだ、日本なんて嫌だ、海外で生活したいと切に願っていました。

そのため、大学時代は遊ぶことはせず、ひたすらアルバイトに明け暮れ、海外に行く資金をせっせと稼ぎ、貯金をしました。お昼ご飯代もケチって貯金に回したりと、傍から見たらなんてストイックなんだ、つまらない学生時代を過ごしているなと思われていたに違いありません。

大学を卒業式、ひょんなことから私は男子校で英語科の教員として働く機会を得ました。まさか自分が男子校で教鞭をとるなどとは思ってもいませんでした。しかしながら、なかなか面白い世界で、毎日、様々な事件が起こり女子校育ちのいわゆるお嬢様の世界しか見たことのない私にとってはとても刺激的な毎日を過ごしていました。それはそれは毎日が楽しく、一年があっという間に過ぎていきました。

しかし、英語という教科を教えるにあたって、教員として自分の力量に限界を感じ、また様々な家庭事情を背負っている生徒たちと接するうちに自分の世間知らずさ、もっと世の中のことを知って生徒たちに日本だけではない、世界のことを知ってほしいと思うようになりました。

教員になって3年の月日が流れ、次年度の契約をする際、私は悩みました。

今後も教員を続けるのならば、まずは私自身が学生時代から胸に秘めていた「海外で生活をする」という夢を実現し、なお且つそこから得た様々な体験や知識を生徒たちに伝えられるような魅力ある人物に成長したい。

この思いが強くなり、私は思い切って退職を申し出て、一年間というリミットを自分の中に設けて海外に飛び出すことにしました。

行き先はカナダ。

カナダという国を選んだ理由はさまざまにありますが、カナダの雄大な自然に魅力を感じたというのが一番の理由です。

カナダでの生活は私にとってそれはそれは魅力的なものでした。ワーキングホリデービザも取得していたので、仕事を探し、外国で働いたりボランティアをする経験も得ることができました。

もちろんせっかくカナダにいるのでお隣の大国、アメリカ合衆国にも何度も足を運びました。シアトル、カリフォルニア、サンディエゴ、ニューヨーク、シカゴ。

海外での生活が終わりを告げようとしたある日、前任校からメールで連絡があり、ありがたいことに職場に戻ってこないかとお誘いがありました。もちろん、採用試験を受けて合格すればの話でした。

私はその申し出をありがたく受け、帰国後、採用試験を受け、再び男子校で働くこととなりました。

それから2年間、私はその学校で私の力の限り、自分の経験した一年間の魅力を生徒たちに伝え、2年後、結婚し、退職することになりました。

今は一時の母として子育てに奮闘中です。
次は我が子に海外の魅力を伝え、いつか我が子とともに私の住んだカナダの地を訪れるのが、私の目標です。

箱入り娘の私は今ではまた海外に住みたいと思うくらい海外思考になりました。それもこれも両親からしたら皮肉な話かもしれませんが、私を生み育ててくれた両親のおかげです。

著者:minacana

性別:女性

年齢:31歳

1児の母。子育てに奮闘中です。いつかはまた海外で生活したいと夢を描いております。